3度目のVippasanaを終えて
マレーシアでの仕事を辞め、まず1つめは心待ちにしていた10日間の瞑想合宿。
人生の節目に受けたいなという気持ちと、ケータイ電話からの解放がやはり好き。そして瞑想を本当に1日中練習できる環境。世の中には色々な瞑想合宿や瞑想方法があるが、わたしにとってはこのVippasanaの瞑想のテクニックや、スケジュールが向いている。数年前に投稿したブログに少し細かいことが書いてあります。
一瞬、この瞬間を生きる
人間として生まれてきて、なんでこんな尊いことを忘れていたのかということに改めて気づかされました。
雨季の東Javaで受けたので、毎日雨が降っていました。気温はおそらく24度くらいだとおもうのですが、少し肌寒いです。こんな天気が10日間続く。
雨がただ降っている
鳥たちが鳴いている。身体をあたためるために枝にとまり、2羽の鳥が身体を寄せ合って、胸の羽を膨らませてあたためあっている
歩くスピード
時間ややらなければいけないことに遭われていない、歩くスピードもゆっくりになる。確かに大地を踏みしめている感覚
食べるスピード
今思えば、いつも“次行うこと”を意識し食べていた。限られた時間での食事、対して味わうこともなく急いで食べていたんだということに気づく。この合宿中では食材を噛みしめる、飲み込む、舌で味わう
など1つ1つの小さな作法、ただその行為を観察する
ただ外を眺めて座っているだけで、涙が流れる
感動の涙。ここに座っていることが嬉しくて、ただ雨が降っていることや、葉っぱのしずくがわたしからみたら美しく輝いている、リスが木に登るところをただ眺めたり、わたしが呼吸をし、ここに存在していること
なんだかよくわからないけど、涙がでてくる
たくさん向き合わされた“感情”
今回なぜ辛かったかと言うと、“怒り”という感情ととことん向き合わされていた。
それはまず、このフィジカルの3次元で起きている出来事。わたしの両隣の練習者がげっぷをするのだ。頻繁に。
自分が集中できていないから、集中を切らせてしまう、という自分へのもどかしさに対する怒り
わたしの隣ということは、Vippasanaの合宿にもう数度参加している経験者、瞑想ホールで約束されている沈黙を、なぜ破るのかということに対する怒り
瞑想合宿中はサイレント、話をしてはいけないので、他人に注意できない、でもこの状況でなくても他人に対してげっぷや、息の荒さなどそもそも注意できるのか自分へ対する質問がいつしかただ怒る、不快な状態にいるということい貶めているということに気づく
このフィジカルな現実世界で起きていることがトリガーとなり、ここ数年の間に度を越して怒ってしまった記憶が蘇ってくる
もう許したと思っていた相手に対する怒りがまだ少し、残っているようで
なぜそんなことが起きてしまったのか、自分の言い分ばかりが頭の中をぐるぐる回る
この現実世界で(実際にとなりでげっぷをされるという不快な状況)
Day7に限界に達してしまったと感じ、瞑想の先生との面談を申し込んだ。
先生からの愛のあるアドバイスは
自分の中に浮かんできた、怒りという感情。ただその怒りという感情が浮かんできたことを観察すること。そしてその感情が消えてなくなるまで、観察すること
ただただ今この瞬間に起きていることを観察すること。相手はそのげっぷという現象が起きていることは身体が苦しんでいるということ、その相手の苦しんでいることに対して、怒るのではなく この苦しみから解放されますようにという愛を送ってあげる事…。
なぜか先生と話しているときは、落ち着く、そして話を聞いてもらった行為に対してそれだけですっきりしている自分がいる事
結局この現実世界、隣でげっぷ問題は解消されないし、サイレントが説かれてからもあなたのせいで怒りと戦っていたなんて2人に伝えることはできない。(できなかった、サイレントが説かれたときはそんなことはどうでもよくなっていた)別に伝えたかったわけではないが、ただすっきりしたかったのかも。こういう人間的なところ、こういった心の動きをただ観察する。
モチベーションの持っていきたかとしては、、、この2人にこの貴重な時間を台無しにされてたまるもんか。という負けず嫌いな性格を発揮して後半をなんとか集中するように努めたのだと思う。
とにかくこの貴重な時間を無駄にしたくなかったのだ。
悪夢や不安で眠れない日
Day1とDay2では家族に関する悪夢をみた。まずDay1ではもうすでに亡くなってしまった大好きなおばさん。60代という若さで亡くなった、もっと一緒に時間を過ごしたかったので、当時中学生だったわたしは悲しんだのだ。わたしの悪夢ではおばさんは大病をする運命があり(彼女の今世での行いが悪かったとかそういうことではない)悲しいが、早くにこの世を去る運命だったという、そういう夢。
Day2両親に関すること。なぜ今母が通っている整形外科で、高コレステロール予防の薬を処方されているのだろう?わたしになにか大きな病気など隠していないか?という疑心暗鬼。いずれ年老いてわたしより先にこの世を去ってしまうであることへの寂しさ。大切な人がもしいなくなってしまったら、もう会えなくなってしまったらという恐怖。
Day4一睡もできない夜は、もしマレーシアの就労ビザがうまくキャンセルされていなくて1度マレーシアに戻らなければいけないという不安(疑心暗鬼)日本で放置している株式口座などについて、政権交代もあり、海外在住者がもてなくなってしまうという法律が制定されてからも、まだ口座を持ち続けたまま。hカナダへ少し残してきた銀行口座の処理
現実で整理しておかなければいけないことについて、とにかく今はなにもできないにもかかわらず、こんなことを一晩中考え、時計をみては焦るという夜を過ごした
心に溜まっていた澱が表面に浮かんできて、このように悪夢という形で現れる。それに動じず、Vippasanaという瞑想を通してただ今起きていることを観察すること
まとめ
今回は怒りという感情と向き合う、苦しい合宿ではあった、そこを通り越しての愛と慈しみの状態までもっていく
自分の振動数が低ければ低いほど、振動数の最高レベル愛と慈しみへの道のりはとても長くなる
世の中にはたくさんの瞑想方法やプラントメディスンを用いたヒーリングなどたくさんあるが、わたしはいつもこのVippasanaに戻ってくる。地味で、10日間という長さ、一見苦行にみえるかもしれないが、とにかくこの癒しや恩恵のすばらしさを体験しているからいつも戻ってくる。またわたしは人生の節目に参加をする。
人間として生まれてきたからにはこの至上の幸せというものを味わい尽くしたいという思い。
今回も10日間無事終了することができ心の底から嬉しさがこみあげてきます。
それでは新しいChapterのはじまり
Love ♡ Ayano


コメント