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Diary

あやのより愛を込めて


陶芸の窯焼き後、焼きあがった作品を窯から出す前にアートショーの準備。掃除はすっごい大変だけど陶芸のデコレーション楽しいのう。もともとオーガナイジングとか好きなんだ。忘れてた。ということでクローゼットから着物の生地を出してきてデコレーションに使ったり、藤でできた大きなザルにカップを飾ってみたり。ピパパもすべて私に任せてくれるからとても楽しかった。彼は根っからのアーティストでね、陶芸を作ること以外は対してなにも気にしてないんだと思う。大げさなデコレーションはしなかったけど、テーブルクロスとか心ゆくまでピチーーーんてさせてくれてありがとう。って思った。気持ちいいんだ。うーんぐちゃぐちゃでもピパパがいいならいいんだけど…陶芸が100倍綺麗に見えるようにピチーンとテーブルクロスを引くのもありかなと。そしてマスターピースが映えるように小物類には布をひいてみたりザルを置いてみたり、ピパパ作の折り紙の鶴を置いてみたり。
やり終えた時には達成感と疲労でヘトヘトだった。陶芸の工房とショールーム合わせるとけっこう広いからね。とにかく私の仕事と情熱はわーっとパッと終わったのだ。
アーティストとして行きていくってやりがいのある、情熱を注ぐ部分はほんの10パーセントで(ピパパ、ぴさんで言うと陶芸を作ること)そのほかたくさんはどこのショーに参加する、ユニオンに入って色々な人間関係、お客さんと話すとかなんか大部分はやりたい仕事で生きていくための裏仕事というか。実際の陶芸っていう要素はあまりはいってないと思った。
でもでも、やりたいことを仕事にするって本当に素敵だなって思う。
 
はじめてこのピパパの陶芸スタジオに来てから4年くらい経つけど、ピパパ、ぴさん共に進化し続けていて、やっぱり日々の勉強だとか常に新しいことに挑戦し続けることだとか。自然が豊かなところでの生活で四季を感じるだとか。うん。なにに愛情を注ぐだとか。日々の色々なものが新しい作品のインスピレーションになって、どんどん新しいスタイルに挑戦し続けているなと感じる。
 
 
 
前置きが長くなってしまった。今日はまた村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」について気づいたことについて話したいなと思ったんだ。
村上春樹は好きな作家でま、新作、古い作品限らず読むか。と気が向いたら1度読んだこともある作品も含めて、たまに読みたくなってどっぷりあの不思議な世界にはまりたくなる。このねじまき鳥クロニクルは、はじめて出版されて20年くらい経ってると思うけど、去年初めて読んだの。ぴさんのお気に入りということで。他の数々の作品通り数々の疑問を残して、あっという間に読みきったんだけど。物語にでてくる間宮中尉の戦争時代の満州で起きた出来事。を語る長い何章にもわたる話が出てくるんだけど。リアルな描写と、登場人物の色濃さとで脳裏に焼き付いてしまって、スタックインマイマインド。
 
読み終わってから何ヶ月、ほぼ1年経つけど散歩してる時とか、多分瞑想のコースに参加してた時もふとした時間のある時に思い出して。なんだったんだろう、どういう意味だったんだろう。裏の裏の意味があって表みたいな。とにかくなんの意味もないかもしれないけど、なにかの意味が込められている気がして。
 
たまにはぴさんからもふとした瞬間にあの作品の好きなところはね、登場人物が、東京のどこかに住んでいるという現実感が好きみたい。井戸に入るもんねあの人とそういう感じで私たちの会話に自然にはいっってくる村上春樹作品。
 
はいそれではようやく言いたいことを書くよ。
 
陶芸のショー初日を終えてヘトヘトのぴさん。ふいにUnit731知ってる?と聞かれて。私は知りませんよと答える。第二次世界大戦中の日本兵が人体実験を満州で行なっていた。きっとわかりやすくいうとナチスがユダヤ人を大量虐殺していたのと同じようなことをしていたということ。しかもこの軍所属の医者は、アメリカにその人体実験の結果をアメリカに渡すという条件でなんの罪にも問われずにいたということ。
 
ぴさんに聞かれるまでそんなことがあったなんて知らなかったし。この人の存在も中国の市民を大量に殺していたことも。罪もない人たちの命を使って実験を行っていたことがるなんて。
 
私の傾向としては辛いもの、苦しいものからは目を背けるという癖がある。この事をもしかしたら日本の学校の現代日本史で勉強していたかもしれないけど、教科書を覚える程度だったのか、深く知りたくなかったのかそれとも今の今までまったく聞いたことがなかったのか、自分でもわからないけど。そのUnit731のことについては初めて聞いた。
 
ぴさんがその事について、やっぱり日本人は歴史を振り返らないで隠す、新しい世代には教えないとしてると思う。とか彼の意見をのべつつその人体実験が具体的にどういうものだったのかという話をした。その話、ねじまき鳥クロニクルにでてくる物語と舞台同じ場所だなと気がついて。中国東北部とか、ハルビンとか、川を境に蒙古の土地だとか。詳しくは覚えてないけど、小説にでてきた間宮中尉の物語を思い出しながらほう…ほう。と実際のインターネットにでてくる記事からの情報と、小説を読んだ時に私の中で出来上がっているイメージが湧き上がってきて。
 
日本語のUnit731について読み進めると、その軍所属の医者たちは隠語で実験をする人間を隠語で丸太と読んでいたらしい。丸太。丸太。マルタ。加納マルタ。
 
あ。村上春樹このことについて日本人たちに向かって、こんな残虐なことが行われたんですよ。という意味が込められていたんじゃないかと急に納得してしまった。線と線が繋がったというか、かなり自分の中でしっくりきてしまって。
 
加納マルタは主人公の前に突然あらわれる占い師みたいな人。小説の中で加納マルタの妹もでてきて名前はクレタ。もうてっきりあの地中海の島マルタ島とクレタ島とばかり思っていて。でも本当はマルタ=丸太 ということなのかもしれない。
 
実際私はその人体実験のことも知らなかったし、その軍所属の医者たちが、被害者たち(人間だと思ってなかったんだと思う)を丸太って読んでたという残虐な歴史を風化させないために小説に意図的にいれたんじゃないかなと思う。誰がなんと言われようと私はこれで納得した。
 
目を背けちゃいけない歴史の1つだと思う。ウィキペディアだけどリンク貼って起きます。
 
村上春樹が好きな人、ねじまき鳥クロニクルが好きな人、このブログを読んでくれた人。もう一度考えてみて。目を背けちゃいけないことも自分を守るために自分の心が傷つかないために見ない、聞かない、閉ざしてきたとこってたくさんあると思う。
 
時間やタイミングはあると思うけど目を開いて見なくてはいけない事ってあるんだよ世の中には。
 
あやのより愛を込めて。(ジェームスボンドの映画のたいとるみたいだなふふ)
 
 
 
 

 


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